行きたくないの奥にあった本当の気持ち 〜次男と見つけた、対話の時間〜
- saorik273
- 6月30日
- 読了時間: 3分

名古屋での「大きな落書きイベント」が終わった次の月曜日の朝
イベントを全力でお手伝いしてくれた次男がぽつり。
「頭が痛い。学校休みたい。」
…うんうん、あれだけ動いて遊んで、大人顔負けにフル稼働してくれてたから、そりゃ疲れも出るよねぇ、と思って
「うん、いいよ。今日はゆっくりしよう」と休ませました。
でも、翌朝。
「今日も、頭が痛い。休んでいい?」
え?マジで?と一瞬“はてなマーク”が浮かびました。
二日連続…さすがに「ん?何か違うな」と思って。
その時ふっと思ったんです。
これはたぶん“体の不調”じゃなくて、“心の声”なんじゃないかって。
予定をちょこっと調整して、次男とゆっくり話す時間をつくりました。
「今、どんな気持ちなん?」
「頭が痛いわけじゃないよね?」
と聞いたら、ぽつりと…
「学校、行きたくない。」
うんうん、そう思う時ってあるよね。
でもね、ただ「休みたい」で終わらせたくなかった。
その奥にある“ほんとの気持ち”に、ちゃんと気づいてほしかったんです。
その日は
学校休ませたけれど
しっかり対話をする時間にしました
ゆっくり話していく中で見えてきたのは、
先生とのちょっとしたやりとり、友達とのモヤモヤ。
「なるほどね、納得いかんことがあったのか~」と、
私も一緒になって感情に寄り添いました。
でもね、そこで終わらせずに、こんな風に聞いてみました。
「もしかして、それって何かに“気づくため”に起こってるんじゃないかな?」
私はね、どんな出来事にも意味があると思ってるんです。
嫌なこと、ムカッとくること、実は“気づきのチャンス”だったりする。
それともう一つ。
次男には「誰かに“すごいね!”って言ってもらえないと、自分に価値を感じにくい」ところがある
めっちゃ分かる、私もそうだった。
褒めてもらえると嬉しいし、認めてもらえると安心するよね。
でも、それが強すぎると、だんだん“自分で自分がわからなくなる”。
「自分で自分にOKを出す」
それができないと、評価や人の目ばかり気になって、すごく苦しくなるんです。
だから私は、次男にこう伝えました。
「今のままの自分に、OK出せるようになってほしい」って。
今回のことで、次男はちょっとだけ気づいたみたい。
まだまだ道半ばだけど、それでも自分の気持ちと向き合って、
「今の自分でいいやん」って思えるように、少しずつ進もうとしてる。
私は、こういう出来事があるたびに思います。
“私、育てられてるわ〜”って(笑)
親だからって、正しく導くなんてできないし、するつもりもない。
一緒に気づいて、一緒に考えていける“ひとりの人”でありたいと思っています。
そのためには、私自身が自分の感情と向き合って、
自分自身にちゃんと「それでいいよ」って言えるようにならなきゃなって。
次男が今回感じたこと、向き合ったことは、
これからの人生にとって、きっと大きな“宝物”になると私は思います。
そして私も!
もちろん、ブチ切れる日もあります。
「もう無理ー!」ってなることも全然あります(笑)
でも、怒っても、迷っても、泣いても、
それも含めて“私”。

ちゃんと気持ちに寄り添って、
また明日、ちょっとでも前に進めたら、それで100点。
そうやって、子どもと一緒に、育っていけたらいいなぁと思っています。
今日も読んでくれてありがとう!
あなたの元に優しい光が届きますように




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